地域:千葉県 年代:50代 性別:男
疲れない程度?に旅をする〜← 秋色トトロ 10/23
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小谷城址を訪ねる1
R365から少し入ったところにある小谷城戦国歴史資料館に立ち寄りました。入館料大人\300子供\150 20畳ぐらいの部屋が二つ、う〜ん 内容的にちょっとたかくない? ここからもハイクで小谷城まで上れるらしいのですが(昔の道)林道があり途中まで車で行けるとのことだったので、軟弱家族はそちらから(笑 湖北エコミュージアムの所に浅井長政が食したという和りんごの木が植えてありました。そこから5分ぐらい車で上ると、番所前の近くまで行くことができます。駐車場は無く、数台の車が路肩に止まっていました。夏休みだったからかもしれませんが、ボランティアのおじさん二人が、小谷城の成り立ちなどを説明してくれました。(この辺は熊がでるらしい、熊よけの笛売ってました(笑) 急な坂道を上っていきます。途中には迂回路もあります。馬洗場や馬屋跡、などを辿りながら約20分大広間の所にでます。奥が本丸跡、その裏が大堀切、暑さで参っていたのでここまでで引き返しました。(この上にまだ小丸、京極丸、などの遺構があります)
小谷城址を訪ねる2
小谷城落城までのいきさつ(ちょっと調べてみました) 1573年8月信長は、朝倉義景の居城一乗谷城を攻め、義景を自害に追い込み、朝倉氏を滅ぼします。(一乗谷城の戦い)。 朝倉氏の滅亡により、小谷城に籠城していた浅井長政は、完全に孤立してしまいます。8月27日小谷城は攻撃され京極丸が落城。浅井久政(長政の父)は小丸にて自刃します。 8月28日、織田軍からの降伏勧告を拒否、長政はお市の方と三人の娘(浅井三姉妹)を織田軍に引渡したのち、総攻撃を受け9月1日赤尾屋敷内で自刃して、戦国大名浅井氏は滅びます。 お市の方は、10年後、再婚した柴田勝家と北の庄で自刃しますが、長女茶々(淀君)は秀吉の側室になり、次女の初は復興した京極家の京極高次(初代小浜城主)の正室、三女の小督(江、お江与の方)は3度目の結婚で徳川2代将軍の秀忠の正室になり、家光?や後水尾天皇に嫁いだ和子(娘の興子は109代明正天皇・859年ぶりの女帝)など3男5女をもうけてます。徳川家、天皇家に浅井家の血を残しているんですね〜大河ドラマでは、どのように描かれるのでしょうか? 日記に説明案内板を乗せてみました http://hiroba.gnavi.co.jp/usr/pulse/diary/detailDiary/22409 http://hiroba.gnavi.co.jp/usr/pulse/diary/detailDiary/22410
安土城址を訪ねる?
築城開始からわずか9年で廃城になった幻の名城を訪ねると・・・ 実は夕方になり、入口で引き返すことに、 安土山一帯を總見寺が管理をしており、PM5.00以降は入れないとのこと 案内板を見ると、秀吉などの武将の屋敷も城内にあったとあります。 入山料 大人\500 小人\100
安土城天主”信長の館”を見学
完成からわずか3年後、本能寺の変の数日後に焼失したとされる天主が復元されている”信長の館”に立ち寄ってみました。 館内にはセビリア万国博覧会(1992)に出展された安土城の復元天主があります。金ぴか、金ぴか、築城当時も信長が贅をつくさせて作らせたのでしょうね? 安土城天主信長の館 9:00〜17:00 休館日 月曜 入館料 大人\500子供\150 http://www.zc.ztv.ne.jp/bungei/nobu/
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小谷温泉、あの恐ろしい道?(笑)。小谷城には一度も足を運んでいません。お市の三人娘の数奇な運命、歴史の事実として、とても面白いですね。
来年は江姫ブームになって混むかもですから、今のうちにのんびり見るのは得策ですね!江姫って聞いても正直誰だろう?って感じだったので勉強になりました!
来年のドラマに向けて麓に小谷城の一部を復元するそうですね。
滋賀県の城跡 それほど遠くは無いのに 中々行けません 大河始まる前に お市偲んで 行って見たいですね
熊よけの鈴などは装備、食品は持たずに、寒いくらいの季節を迎えたら、小谷城に登ってみたいです。
SL 北びわこ号
ヤマコウさん
ホテル可以登
黒 うささん
鴨料理「丁子屋」