烏山城・その1 烏山城跡発掘調査現地説明会(日本城めぐり19の1) |
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日記でお知らせした烏山城跡発掘調査現地説明会に参加してきました。調査が行われたのは古本丸と呼ばれている部分です。限られた予算の中の調査のようでしたが調査区の設定が見事で大きな成果がありました。大量のかわらけや釘・瓦片・礎石・柱穴等々。また古本丸が大規模に造成されていることもわかりました。この土木量は膨大なもので驚かされます。瓦片にはちょっとびっくりしましたが今のところ後世の混入とのことですが他の遺物も含め今後の研究が待たれるところです。調査報告書が待ち遠しい!! |
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| 烏山城・その2 太鼓丸・車橋・常盤門・常盤曲輪(日本城めぐり19の2) |
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山麓の三の丸居館跡から登ってくると太鼓丸の側面を回るようにして常盤門にいたります。いよいよここからが烏山城の主要部分で堀切と櫓門・土塀で固められた常盤曲輪がありました。空堀には橋が架けられていて車橋と呼ばれていたようです。橋を渡るとと常盤曲輪の入り口に櫓門の常盤門がありました。現在、建物は残っていませんが石垣が残存しています。 |
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常盤門を抜け常盤曲輪を主郭方面に登って行くと吹貫門にいたります。この周辺は石垣で固められていて烏山城の見所の一つとなっています。門部分の残りはよくありませんが側面には見事な高石垣が残ります。この石垣が築かれた時代が良くわかっていないのですが、天正19年(1591)〜元和8年(1622)まで在城した成田氏によるものではないかという説が浮上してきています。 |
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| 烏山城・その4 正門・石段(日本城めぐり19の4) |
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今回の古本丸の発掘調査により主郭群周辺の刈り払い・倒木の除去が行われて遺構が見やすくなっている。なかでも吹貫門から正門、正門を入って本丸中枢部への石段が綺麗に見えるようになった。これは一見の価値がある。このあたりも発掘をすればよりはっきりと石段の様子が現れると思う。しばらくすればまた草に埋もれてしまうので今が見学のチャンス!!。残存している正門跡の石垣も非情に見やすくなっている。ここの石垣は切石を積んだもので吹貫門の石垣とはあきらかに時代差がある。成田氏の後に城主となった堀氏によるものであろうか??ただ割り石の石垣も周辺に見られるので成田時代の正門を改修した可能性もあるのでは・・・。 |
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寛永4年(1627)〜寛文12年(1672)まで烏山城に在城した堀氏の時代に三の丸が築かれました。堀親昌の時のことです。これは、山城を禁止する幕府の命令に対応したものと言われ、万治2年(1658)に築かれ以後歴代の城主の居館となっている。現在は数段の削平地と石垣が残っているて一部は寿亀山(じゅきさん)神社の境内となっています。この三の丸の石垣は本丸正門の石垣に似ています。同時期に作られたものなのでしょうか?? |
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烏山城の城門が移築されて残っています。寛永17年(1640)に時の烏山藩主掘親昌によって築かれたと伝わっています。なかなか立派な高麗門です。烏山城探訪の際にはお見逃し無く!!烏山市街から国道294号線を茂木方面に向かって野上のコメリの隣にあります!!
★現在この門は個人所有となっていますので見学の際はご迷惑の掛からないように充分お気をつけ下さい!! |
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